コピペ(考えさせられた)  

仕事は、できるほど透明になる

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ちょっと長いですが、、

こういう人になりたい。

 

“本当に仕事ができる人というのは、一見すると何も仕事をしていないように見えるのかもしれない。

できるほど透明になる

 

最近、ベテランの医事課のスタッフが一人、退職された。

「適当にやっておいて下さい」が通用した、数少ない人だった。

何か特別な資格を持っているとか、ものすごく大きなプロジェクトを成功させたとか、そういう武勇伝みたいなものはなんにも無くて、淡々と医療事務をこなすだけの人。

でもすごい。仕事が快適。

 

事務仕事というのは複雑怪奇で、医者をやっている側からすればできれば近寄りたくない。 ああしたい、こうしたいという思いが医療者側にあっても、行政側にはその制度が無いとか、それをやるためにはなにか特別な申請が必要とか。医療事務は、そのあたりをすり合わせる能力が問われる。

医療と行政。 2つの世界の「橋渡し」をする仕事というのは、それが上手な人であればあるほど、その人の存在が透明になっていく。

「ああ」したいとか「こう」したいとか、医療者側があいまいな概念を放り投げても、上手な事務方は、それを行政に伝わるように言語化してしまう。あんまりスムーズだから、医事なんかいないように仕事がすすむ。

上手でない事務方が間に入ると、その人の「活躍」が、嫌でも目に入る。 あいまいな言葉を放り投げても、「具体的に、どうすればいいんですか?」なんて返事が返ってきたり、行政からの返答も、こちらの意図とは微妙に異なってみたり。 概念の言語化や、行政サイドとの折衝。 こういう仕事は、お願いする側からもよく見える。

「この人、使えねぇな」と思うよりは、「この人は仕事ができる人なんだな」とか、誤解しやすい。

 

 

本当に上手な人は、このあたりの「仕事」が、ごくわずかしか存在しない。

医者からすると、「ほら、俺の言ったとおりになっただろ」という気分になるから、快適なんだけれど、その人の活躍は感覚しにくい。

乱暴な人は評価される 一時期評判になった、病院再建のプロ。 あの人の「再建戦略というのは非常に簡単。とにかく急患を受け入れて、病院の窓口をきれいに改築して、職員の給料を引き下げて…といったもの。 どこの病院にいっても、やりかたはだいたい同じ。

現場は大混乱。その人の「仕事」ぶりというのは嫌でも感覚される。「使用前、使用後」の違和感がものすごいから、その人はたしかに大活躍しているように見える。 実際には、その人が去ったあとの病院は、もう悲惨なことになっているらしいけれど。

 

 

「病院をなんとなく改革したい」という、病院経営者のあいまいな概念と、再建請負人が実際に施行する、現場を変える様々な戦略。

あいまいな概念を単純化して考えるとき、そこに情報の欠落が生じる。本来は不都合な欠落。ところが、依頼人に感覚される仕事の量というのは、たぶんこの欠落の大きさに比例する。

本当に上手な再建人がいるとしたら、その人が現場にはいっても、一見何も変わらないように見えるはず。再建人の考えかたは、ウィルスのように感染する。中の人も気がつかないうちに、現場の空気はだんだんと変わり、業績が上がる。そんなふうに「効果」が現れる。

現場はきっと、「その人がいなくても、自分達だけでも同じことがやれた」と錯覚する。

再建人に依頼した県の役人も、たぶん「わざわざその人を呼ばなくても、現場が変わるのは時間の問題だった」と総括するだろう。

認知的複雑性の定量化 あいまいで複雑な概念を、単純化しないでそのまま処理する力というのは、こんなふうに評価が表に出てこない。

退職してしまった事務の方も、たぶんその人の優秀さみたいなものは分かりにくくて、たとえば転職するにしても、その力を分かってくれる施設は少ないのかもしれない。

たぶん、ある種の職業では、本当に優秀な人というのは空気みたいな存在で、あんまり目立たなかったりするのだろう。

 

今流行の成果主義なんかは、こうした人の「凄さ」を発揮する場を奪い、組織内の空気がますます殺伐としたものになっていく。

会社や組織、個人といった機能単位には、「複雑なものを複雑なまま処理する能力」というパラメーターがあって、それは、中の人には評価ができない。 それを評価するのには、組織の外にあって、集合知の力を借りることができる存在でないと、無理。

 

株式相場というのはたぶんそのひとつ。 投資家という職業に何か社会的な役割を求めるとしたら、こうした外からは見えにくい、「分かりにくいけれど結果を出す」能力や存在を可視化するという部分なんだと思う。

プログラマーで投資家のDan さんが以前、たぶん同じことを書いていた気がするけれど、会社ごとの評価単位を個人のレベルにまで解体して、こうした能力に正しく価値を付加して、「頑張っている人が正当に評価される」社会を作ろうなんて思ったら、たぶんこういう人があと10万人、日本で実働している医者の数と同じぐらいは絶対必要。 ところが、誰かの能力を査定するには、査定者にはその人以上の能力がいる。”

 

 

この話は、医療の話ですが、

IT業界や広告業界なんかでも同じことが言えるかなと。

 

ヒアリング能力、コミュニケーション能力、経験値の高さによって、

あいまいで複雑な概念を、単純化しないでそのまま処理する力

を持つ者こそ、

ユーザーとクライアントの間に立った時に、まるで空気のように感じる存在なのだなと。

 

「なんかしらんけど。。ボーダーと仕事をするとうまくいくなぁ。」

という会社になるよう、、頑張っていきます!

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